久しぶりにブログを更新します(最近SNS疲れというか、ネットから遠ざかり他人のブログも覗けていませんでした…その間も読んでくださった方、ありがとうございます)。これからは無理せず更新していこうと思います。

 

2017年6月8日(木)に紀尾井ホールに「ハオチェン・チャン(Haochen Zhang)(张昊辰)」のピアノリサイタルに行ってきましたので、感想を書きたいと思います。

 

目次

  • ハオチェン・チャンの簡単なプロフィール
  • プログラム 
  • 演奏前の余談
  • 繊細に表現されたシューマンの「子供の情景」
  • 若さゆえの凶暴さだろうか?シューマンの「交響的練習曲」
  • リストの超絶技巧練習曲をミスなく弾ける才能
  • 幻想的な東欧の様子、ヤナーチェク「霧の中で」
  • ガンガン叩け!プロコフィエフの戦争ソナタ
  • 個人的にはアンコールはシューベルトのロザムンデ即興曲が良かったです
  • 終わりに|またコンサートがあったら彼の成長を見届けたい

ちなみにこんな方です。

 

 

ハオチェン・チャンの簡単なプロフィール

2009年、第13回ヴァン・クライバーン国際ピアノ・コンクールで優勝して以来、26歳の中国出身のピアニスト、ハオチェン・チャンは、アメリカ、ヨーロッパ、アジアでその深く繊細な音楽性と大胆な想像力、そして目を見張るほどのテクニックで聴衆を魅了している。
 すでに世界中の一流音楽祭やコンサートシリーズに登場しているチャンだが、ロン・ユー指揮中国フィルハーモニー管弦楽団との共演で披露したBBCプロムスでのリストのピアノ協奏曲第1番について、テレグラフ紙のイヴァン・ヒューイットは、“メンデルスゾーンのように明るく、リストのように悪魔的なアレグレット・ダンスで魅せながら、第2楽章ではとろけるように柔らかなメロディーを奏でた”と絶賛した。

(中略)

幼少期に上海音楽院小学校で学んだ後、2001年に11歳という若さで深セン芸術大学に入学し、但昭義(Dan Zhaoyi)教授に師事する。その後アメリカに渡り、フィラデルフィアのカーティス音楽院にてゲイリー・グラフマンのもとで研鑽を積んだ。

 (以上、KAJIMOTOのウェブサイトより引用)

 

上記のように、ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールで、日本の辻井伸行さんとともに優勝しております。また、同じ中国のランランや、ユジャ・ワンの師である「ゲイリー・グラフマン」に師事している、というところが興味深いですね。

余談ですが、ゲイリー・グラフマンはあのヴラディーミル・ホロヴィッツに師事していた事もあってか、彼の教え子たちは指のよく廻るタイプ、超絶技巧で聴衆を圧倒するタイプが多いようです。ランランや、ユジャ・ワンの演奏を聴いていても「ヴィルトゥオーゾ」っぷりが目立ちますね。

wikipediaによると1990年6月3日生まれとの事で、現在27歳ということです。

 

 

プログラム 

ハオチェン・チャンのピアノリサイタルのプログラム

シューマン:子どもの情景 op.15
シューマン:交響的練習曲 op.13
   ***
リスト:超絶技巧練習曲集 S.139より 第5番「鬼火」、第12番「雪あらし」
ヤナーチェク:霧の中で
プロコフィエフ:ピアノ・ソナタ第7番 変ロ長調 op.83「戦争ソナタ」

  〜アンコール〜 

モーツァルト/ヴォロドス: トルコ行進曲
ショパン:ノクターン嬰ハ短調 第20番遺作
シューベルト:即興曲集Op.142 D935より 第3番変ロ長調

 

 

ハオチェン・チャンのアンコール

 

 

演奏前の余談

久しぶりに平日の紀尾井ホールに来ましたが、良い立地ですね。仕事が終わって速攻四谷で降りて、土手を下ってきましたが、近くの上智大学からは外国の学生が英語を喋りながら歩いてくるし、そんな風景を見て東京も国際色豊かになったなぁ…などと思ったりしました。ホールに入ると客層はやはり年配の方が多いようですが(これはどのクラシックコンサートでも同じ)、若い女性もかなりいました。一番少ないのは中年の僕ぐらいのサラリーマン。確かに平日に仕事があって、19時開演ですと働き盛りのサラリーマンには難しいかもしれません。僕はこの時閑散期でしたので運良く来ることができました。

折しもこの日、武蔵野市民文化会館ではあの日本で三本の指に入ると思われる(自分調べ)ピアニスト岡田博美氏のリサイタルがありましたが、地理的、時間的に難しかったのでハオチェン・チャンさんの演奏を聴いてみることにしました。

僕は彼の事をあまり知りませんでしたが、プログラムに僕の好きな「交響的練習曲」と「霧の中で」があった事、及びチケットが5,000円とクラシックコンサートにしては安いという事(幸運にも前から2列目が取れた!)、そして今現在のクラシックピアノ界の若手の演奏はいかほどか?確かめるべく(偉そうに…)、足を運んだわけです。

開演のベルが鳴り、客電が落とされて現れたのは27歳とはいえまだあどけなさの残った、華奢な感じのする、そして「良いところの坊っちゃん風の」青年でした。

 

繊細に表現されたシューマンの「子供の情景」

第一曲の「見知らぬ国から」から、僕は彼の演奏に引き込まれました。とても柔らかい音が出ている、と思いました。トロイメライでは繰り返される主題に対して同じ弾き方をしません。2回目には内声を際立たせる等の工夫をしていました。

こういうことはやりすぎると「俺はこんなにもこの曲を知っているんだぜ!」となってしまうのですが、彼の場合はそのようなおごりは見られず、幼いときからバッハ等のポリフォニーを勉強してきた事がありありと分かり、好感が持てました。

6曲目の「大事件」の、まるで子供が興奮して大人に今日起こった出来事を急き込んで話すかのような明るい音色と左手の迫力、9曲目の「木馬の騎士」の疾走感、それとはうって変わって老人が昔を懐かしむような静謐さに満ちた13曲目の「詩人は語る」等、表現の幅がとても広いと感じました。

シューマンの音楽はコロコロとその感情が変わる側面がありますが、本当によく表現できている、と思いました。ピアニストというのは改めて凄い存在だなぁ、と思った次第です。

ハオチェン・チャンの特徴がこの曲を通して少し分かりました。彼は全ての音を把握している事、そして音楽の「ブレス」が独特です。

アゴーギク(テンポやリズムを意図的に変化させること)がまるで息をする(ブレスをする)ように自然に出来るのです。これがある故、聴いている方は退屈しません。

 

 

若さゆえの凶暴さだろうか?シューマンの「交響的練習曲」

この曲は色々な版がありますが、今回は遺作のヴァリエーションを3つ挟んだ形で演奏されました。

曲が進むうちに、子供の情景とはうって変わってとても「大きな音」がするようになりました。僕はこんな大きな音を出してよいものだろうか?と思いつつ、彼の演奏に随分と引き込まれていきました。

交響的練習曲は基本的に最後のフィナーレを除いて暗い雰囲気のする短調で、重苦しい曲なのですが、このある種の「凶暴的」ともいえる大胆なフォルテシモに僕は胸が一杯になりました。同時に「彼の演奏はまだ若い」と思いました。

「若い」という事は演奏家にとって褒め言葉であるのでしょうか?よく老成した演奏、円熟味を増した演奏、というものがもてはやされますが、僕は「若い演奏」というのもとても好感が持てます。その時期でしかできない演奏、若いときにしか出来ない演奏といったものが誰しもあると思うのです。

彼がうなりながらピアノを思いっきり弾いている姿を見て、そして聴いてそんな事を思いました。彼はピアノと苦悩を共にしてきたが、ピアノが好きで堪らない様子でした。

フィナーレもとても力強い演奏で、今までの暗いトンネルから明るい地上に出た丸ノ内線(笑)のように、高らかに謳われました。これでもか!と出す低音の爆音にやはり若さやフレッシュさを感じました。

 

 

リストの超絶技巧練習曲をミスなく弾ける才能

鬼火をリズミカルに迫力満点で弾いた。雪あらしの低音から高音に上昇していく部分で僕は背筋がゾッとしました。同時にとてもロマンチックだとも。

やはりこういったヴィルトーゾチックな曲は彼に向いているようです。テンポもかなり揺らしますが、デュナーミクの幅も広いので、非常に迫力がありました。

超絶技巧練習曲はラザール・ベルマンの演奏のCD(超絶技巧練習曲←これ)を持っていますが、久々に聴きたくなりました。特に雪あらしがこんなにもドラマチックで良い曲だとは思いませんでした。

 

 

幻想的な東欧の様子、ヤナーチェク「霧の中で」

聴いていると彼の対位法的な処理表現が生きてくる曲だと思いました。

ヤナーチェクのこの曲に関してはレイフ・オヴェ・アンスネスのCDを持っていますが、こうして芸風を比較してみると、その違いはかなり大きいと思います。どちらが良い、とかではなく、好みの問題ですね。

僕の好みで言えばアンスネスの演奏のほうが良い、と思いました。ハオチェン・チャンの演奏はもっと小さい、繊細な音を出して欲しかった、という部分が所々見受けられました。

それでも、古い絵画に描かれた東欧の野原や街、モヤのかかった風景、霧の中から立ち現れる訳の分からない人々や怪物?のようなものが表現されていたと思います(あくまで僕のイメージですが…)。

東欧

 

 

 

ガンガン叩け!プロコフィエフの戦争ソナタ

プログラム最後はプロコフィエフの戦争ソナタ(第7番)。この曲もとても面白い曲なのですが、彼は期待通りに迫力のある演奏をしてくれました。歯切れのよいタッチと言えばよいでしょうか?彼の演奏はテンポを揺らしたり、ブレスを入れたりすることが多いですが、流れが途切れることが無く、極めて自然です。

3楽章はリズミカルに始まり、ガンガン音が大きくなっていき最後のコーダーでは本日で一番と思われる、そんなでかい音で締めくくられました。この曲の表現としてはこのような「常軌を逸したフォルテシモ」は正解だと思います。プロコフィエフ自身が聴いても納得するような演奏、と僕は思いました。

会場からはブラボーが沢山飛びました!

 

 

個人的にはアンコールはシューベルトのロザムンデ即興曲が良かったです

鳴り止まぬ拍手に答えて、アンコールが3曲演奏されました。

ヴォロドス編のトルコ行進曲はヴォロドス自身のCDを持っていますが、ユジャ・ワンあたりも弾いてましたっけ?ここまで聴いてきて、目立ったミスタッチはほぼ無い、というのも驚異的です。現代のピアニストはこんな人がゴロゴロしているのですかね?

次にショパンの遺作のノクターン。意外と正統的というか、ロマンティックになりすぎず、よい塩梅の演奏でした。

シューベルトの即興曲(ロザムンデのほう)、ですがこれも意外と良い。伸びやかにシューベルトの「うた」を歌っているように感じました。音楽のつくりが作為的ではない感じがしました(実際には色々な仕掛けをしていますが、流れが自然という事)。これも若さ故でしょうか?

 

 

 

終わりに|またコンサートがあったら彼の成長を見届けたい

演目が終わり、四谷までの土手を歩いている時に感じたこと、それは本日の一番は「交響的練習曲の慟哭のようなフォルテシモ」でした(個人的な感想です)。

そのフォルテシモにはピアノ演奏に於ける「若さ」であるとか、大胆さとか力強さが全て詰まっていました。

 

彼の演奏が「このまま変わって欲しくない」という思いと「どんどん洗練されて、或いは老成していって欲しい」というアンビバレンツな感情が僕に生まれていました。

ただ一つ確かに言えることは「今現在のハオチェン・チャンというピアニストを生で聴くことが出来てよかった」という事です。

 

これからも聴き続けたいピアニストが増えました。

 

最後までお読み頂きありがとうございました。